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暇な公認会計士が、監査や身近な会計、その他自由に意見を述べています。

実証手続とは何ですか?

質問

監査人から提出された日程表に、「実証手続」といった表現がありました。実証手続とは何でしょうか?

回答

実証手続とは勘定科目の金額や注記の記載が正しいかどうかを確かめるための手続です。具体的には、現物の実査、棚卸の立会、取引に関する契約書や請求書等の証憑の閲覧、残高確認、分析等が実施されます。

 

 

 

実証手続は財務諸表が正しいことを直接確かめる手続きです

財務諸表監査の目的は、財務諸表に記載されている各勘定科目の名称・金額・注記事項などが、会計基準の枠組みに照らして適切に開示されているかどうかを意見表明することです。実証手続ではこれらの記載事項を直接検証し、誤謬があるかどうかチェックをします。内部統制の整備・運用状況の評価では業務プロセス(業務の流れと、実施されている統制)がチェック対象でしたが、実証手続では業務プロセスの結果出てきた金額等がチェック対象となります。

実証手続について、監査基準報告書では次のように定義されています。

アサーション・レベルの重要な虚偽表示を看過しないよう立案し実施する監査手続をいい、以下の二つの手続で構成する。

  1. 詳細テスト(取引種類、勘定残高、注記事項に関して実施する。)
  2. 分析的実証手続

監査基準報告書(序)「監査基準報告書及び関連する公表物の体系及び用語」|日本公認会計士協会

うん、わかりにくいですね。もう少し具体的に見ていきましょう。

釈迦に説法とは思いつつ、財務諸表ができるまでの流れをおさらいしましょう。日々の業務から仕訳が生成されて総勘定元帳に記載され、総勘定元帳の残高が「試算表」に集計されます。試算表をもとに財務諸表で開示する科目ベースに集計し直した「組替表」が作成され、組替表とその他諸々の情報*1をもとに「財務諸表」が作成されます。

総勘定元帳から財務諸表までの流れ

この流れに合わせて、実証手続は大きく3つのパートに分かれます。①試算表の各勘定科目の金額は合っているか、②試算表から財務諸表への組替は正しく行われているか、③財務諸表の記載に誤りはないか*2*3

試算表の各勘定科目の金額は合っているか

まずは「試算表」を検証します。先ほどの引用で示した「詳細テスト」と「分析的実証手続」の組合せで、勘定科目の残高が正しいか、誤謬が含まれているかどうかをチェックします。

詳細テストという言葉はあまり一般的ではないと思います。詳細テストとは、監査人が行うチェック方法をまとめて表現した言葉です。監査基準報告書に記載されている手法をまとめてざっくり紹介します。

  • 閲覧(記録や文書の閲覧):企業内外の記録や文書を確かめる手続。資料を読むこと。
  • 観察:他の人が実施する作業や手続を確かめる手続。作業現場を見ること。
  • 質問:監査人が、財務又は財務以外の分野に精通している企業内外の関係者に情報を求める手続。企業内外の人に文書や口頭で聞くこと。
  • 実査(有形資産の実査):資産の現物を実際に確かめる手続。
  • 確認:監査人が相手先である第三者(確認回答者)から文書による回答を直接入手する手続。
  • 再計算:記録や文書の計算の正確性を監査人自らが計算し確かめる手続。
  • 再実施:会社が内部統制の一環として実施している手続等を、監査人が自ら実施することによって確かめる手続。

分析的実証手続とは、勘定残高が正しいことを確かめるために行う分析です。監査人が推定値を算出し、推定値と勘定残高を比較するような手法が一般的です*4

試算表から財務諸表への組替は正しく行われているか

試算表では各勘定科目の残高が全て表示されています。あまりに少額な科目をそのまま開示すると明瞭性に欠けることから、「組替表」を作成し一部の勘定科目を集約して、財務諸表を作成することが一般的です*5

せっかく試算表を正しく作っても、組替表で集約等を誤ってしまっては元も子もありません*6。ですので、組替表のチェック(基本的には上記の「再計算」)が行われます。

財務諸表の記載に誤りはないか

組替表をもとに、貸借対照表損益計算書が作成されます。適用する財務報告の枠組みに応じて、株主資本等変動計算書、キャッシュ・フロー計算書*7、注記を作成します。これらをまとめて「財務諸表」や「計算書類」と呼びます(この記事では「財務諸表」で統一します)。

監査人は、勘定科目の名称・金額が組替表と整合しているか、必要な注記が記載されているか(記載されていることが正しいか、記載漏れがないか)、全体として変なところがないか(合計は正しく計算されているか、文章の書きっぷりや年月日など変なところがないか……などなど)をチェックします。財務諸表は企業外部に公表される情報であるため、監査人もかなり気をつけてチェックをします*8

ちなみに、監査人は公認会計士協会や自身が所属している監査事務所が用意しているチェックリストをもとに、財務諸表のチェックを行います。このチェックリストが分厚く嫌になる実務でチェックする上でとても役に立っています。残念ながら、一般公開されていないのですが、チェックリスト地獄から監査人を救うため会社の開示に対する内部統制を補強するためにも一般公開してほしいと思います*9

(参考)各勘定科目に対し具体的にどのような手続が行われるのか

ここまでの説明で、「あーなんか会計士も監査している部屋でくっちゃべっているだけじゃなく色々やってるんだなぁー。」くらいの感想を抱いていただけていると思います。ですが、もう少し具体的に、どんな視点でチェックをしているのかを知りたい人もいるかもしれません。

各監査事務所では標準的な監査手続を「監査手続書」としてテンプレート化し、会社固有の状況に応じて当該テンプレートをカスタマイズし個別の監査業務で利用しています。

このテンプレートを作成するにあたり、だいぶ古いですが日本公認会計士協会が公表している監査マニュアル作成ガイドを利用する場合があります。

jicpa.or.jp

2000年に公表されたもので時代に合っていない手続もありますが、十分に参考になると思いますので興味のある方はご覧になってください。

* * *

今回の記事では「実証手続*10」について解説しました。この記事に関するご質問・お問い合わせがございましたら、コメント欄かお問合せフォームよりご連絡いただけると嬉しいです。

*1:株主資本等変動計算書やキャッシュ・フロー計算書、注記のために必要な情報など

*2:連結があれば当然連結仕訳等の検証も必要ですが、ここでは単体だけとしておきます。

*3:「②と③は一体だろ」とか、もっと「細かく分けろ」とか聞こえてくるような気がしますが、ここでは3つに分けています。3ってわかりやすいし。

*4:例えば、借入金の平均残高と平均利率を元に支払利息の年間発生額を推定し、これを実際に計上された支払利息の金額と比較する場合には分析的実証手続となります。前年度と当年度の支払利息の金額を単純に比較するような分析は、分析的実証手続に該当しません。

*5:上場会社では。非上場会社の場合には試算表の科目のまま開示しているケースもあります。

*6:試算表からの組替えを行う際に数値をいじくるような不正が起こる可能性もあります。

*7:キャッシュとフローの間に「・」を付けるのが正式です。valuation界隈ではあまり気にしていないように思いますが、監査界隈では「・」は必須です。

*8:上場会社であればEDINET等を通じて誰でも見られます。金融庁もチェックをしており、監査人が見つけられなかった誤りを金融庁から指摘されると結構面倒なことになります。非上場会社でも、公告や税務申告、借入れのある金融機関、株主(もしかしたら投資を受けているファンド)に公表されます。

*9:いや、本当にチェック項目が多いんです。しかも年々増えていっています。例えば会社法の計算書類であれば、単体が37ページ(146項目)、連結が29ページ(142項目)、合計66ページ(288項目)。有価証券報告書にいたっては、個別(特例財務諸表提出会社用)が130ページ(434項目)、連結が126ページ(434項目)、加えて財務諸表以外の部分用が78ページ(204項目)、合計で334ページ(1072項目)。ちなみに企業結合があれば別紙を追加でやる必要あり。あと、項目=チェック数ではなく、項目中にさらに細かいチェック欄があるので実際に✓を記入する数は項目の数倍・・・。

*10:最後になりますが、監査業界では「実証手続」と送り仮名の「き」をつけないで表記します。