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暇な公認会計士が、監査や身近な会計、その他自由に意見を述べています。

公認会計士の監査実務|監査報告書発行のための審査とは何ですか?

監査人から、「監査法人内の審査が完了しましたら監査報告書を発行します」と言われたんだけど、審査って何?

その審査は監査意見審査のことね。監査では、監査報告書の提出以前に、監査を実施した人とは別の公認会計士から監査チームの判断や結論が妥当であるか検証を受けるの。これを「審査」というの。審査を担当する公認会計士(審査担当者)が監査チームの判断・結論に同意した日以降でないと監査報告書は発行できないのよ。

何それ面倒。

そうね。でもテキトーに無限定の監査報告書を発行していると、監査に対する信頼がガタ落ちしちゃうのよ。監査の信頼性を高めるために他の公認会計士のチェックを入れている、という感じね。

 

 

監査では原則として審査が必要です

公認会計士による監査では、監査報告書を会社に提出する以前に、「監査業務が適切に実施されているか?」「監査チームの判断や結論は妥当か?」などを検証するために、監査チームに属していない他の公認会計士(審査担当者)の「審査」を受ける必要があります。

多くの監査事務所では、監査業務の実施に関して次の3つの審査を実する場合が多いです*1

  1. 監査計画審査
  2. 個別の重要な案件の審査
  3. 監査意見審査

個別案件審査の詳細な説明は、本稿では省略します。ちなみに質問にある審査は③の監査意見審査のことです。

審査の定義を確認しておきましょう。

審査担当者によって監査報告書日又はそれ以前に実施される、監査チームが行った重要な判断及び到達した結論についての客観的評価をいう。
監査基準報告書(序)「監査基準報告書及び関連する公表物の体系及び用語」|日本公認会計士協会

審査は審査担当者による「監査調書の閲覧」と「監査チームへの質問」により実施されます。監査チームとしては審査を受けるまでに監査調書を完成させなければならない(監査調書が不十分だと審査を受けられない)ため、監査調書の作成を急ぎます。

だからこそ、未回収の確認状の督促や代替手続を会社に依頼したり、残高確認の差異調整が遅れると焦ったり、会社に対する質問に回答がないと何度も依頼したりするわけです。

 

input-and-output.hatenablog.com

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監査人が何度も催促するのは、会社側の対応が遅れる→監査調書の作成が遅くなる→審査を受けるのが遅くなる→結果として監査報告書の発行時期に影響が出てしまう、という可能性があるためです。

日本公認会計士協会JICPA)は平成28年1月27日に「公認会計士監査の信頼回復に向けた監査業務への取組」という文書の中で、審査の実施において次のような要請をしています。

審査担当者は、監査チームが行った重要な判断や監査意見を客観的に評価することが
求められる。評価に際しては、監査チームと同じ目線に立つことなく、重要な判断とその結論に関する監査調書を査閲し、職業的懐疑心をもって審査を行う必要がある。

公認会計士監査の信頼回復に向けた監査業務への取組|日本公認会計士協会(太字は筆者加筆)

外部から見ると「監査法人の中でやる身内の審査なんだから簡単にパスできるでしょ?」と思えるかもしれませんが、このような文書が出ているので安易に考えるのはオススメできません。

 

 

監査「計画」の審査

監査計画の審査では、監査チームが作成した監査計画が妥当であるか評価します。

概ね審査には半日〜1日程度はかかります。上場会社で規模(売上、子会社数等)が大きい場合や複雑性が高い場合にはさらに日数がかかる可能性があります。

審査には、監査計画のために作成した監査調書が提出されます。・・・と言われても具体的にどんなもの?とイメージがわかないと思います。具体的な調書の例として、公認会計士協会が公表している「監査ツール」の様式1〜8、様式10〜11を参照してください。以下のページで公開されているExcelファイルが監査計画調書として提出されるものとイメージしていただければOKです。

jicpa.or.jp

監査「意見」の審査

監査計画に変更は不要だったか、全ての監査手続は監査計画通りに実施されたか、虚偽表示(財務諸表の誤り)の評価は適切か、重要な監査上の判断は妥当だったか、監査報告書の内容は適切か、などを検討します。

こちらも半日〜1日程度はかかります。上場会社で規模(売上、子会社数等)が大きい場合や複雑性が高い場合にはさらに日数がかかる可能性があります。

監査の実務では、監査報告書発行予定日から遡り、審査に要する日数を1日、審査で指摘を受けた事項への対応日数として数日の猶予を持って審査を受けることが多いと感じています。監査報告書発行の当日に審査を受けると、審査で指摘を受けたことに対応する時間が確保できないため、ギリギリの審査は避けることが通常です*2。会社側で対応が必要な事項*3は審査までに済ます必要がありますので、監査実務上のデッドラインを会社側と監査チームで共有しておく必要があります

審査には、監査計画調書、重要な監査調書、意見形成のための監査調書が提出されます。

監査計画調書は年度の実績を反映させたものを提出します。監査の早い段階で作成した監査計画を年度の実績で見直し、重要なリスクを見逃していないか、監査手続に漏れがないか、などを改めて確かめます。

重要な監査調書について特に決まりはありませんが、特別な検討を必要とするリスクや不正リスクに関連する監査調書を閲覧することが一般的です。

意見形成のための監査調書としては、公認会計士協会が公表している「監査ツール」の様式9が提出されます。

jicpa.or.jp

 

 

豆知識:上記以外にもいろいろな審査があります

監査ではいろいろなことが「審査」されます。これまでに説明したものを含め、大まかに以下の事項が審査されます。

  • 契約審査:監査契約の締結・解除等をして良いかを「社員総会」で審査します。
  • 審査担当社員の適格性の審査:個別の監査業務に選任された審査担当社員が適格(仕事をする能力が十分)であるかどうかについて、「品質管理担当社員」(監査法人内で品質管理の責任を有する社員)が審査をします。
  • 監査計画の審査:上述の通り、監査チームの作成した監査計画の妥当性を「審査担当社員」が審査します。
  • 監査計画の修正の審査:監査計画を修正する場合には、あらためて「審査担当社員」の審査を受けます。
  • 個別案件に関する審査:監査を実施する上で特に重要な論点(例えば継続企業の前提が成立しているかどうかの判断)や、会計基準の解釈が難しい論点(例えば収益認識、企業結合、金融商品税効果会計など)については、その論点に絞って「審査担当社員」の審査を受けます。
  • 監査意見の審査:上述の通り、監査チームの結論の妥当性を「審査担当社員」が審査します。

大きな監査法人の場合には、審査担当社員とは別に「審査会」(審査のために複数の公認会計士で構成されるグループ)を組織し、特に難しい論点については審査担当社員の審査に加えて審査会にも図ることがあります。

審査には想定外に時間を要することがあるため、監査を受ける場合には審査のタイミング等も把握しておいた方がスムーズかと思います

* * *

今回の記事では「監査報告書発行のための審査」について解説しました。この記事に関するご質問・お問い合わせがございましたら、コメント欄かお問合せフォームよりご連絡いただけると嬉しいです。

 

 

*1:細かいことをいうと、すでに契約は済んでいるということを前提としています。契約審査などは後で豆知識として書いています。

*2:監査報告書発行当日に審査を行うことは、なくはない、です。監査手続に時間がかかり、法令で要求される監査報告書発行日(会社が財務諸表等を提出しなければいけない日)ギリギリで手続が完了したような場合には、審査は監査報告書日に行われることとなるでしょう。

*3:未回収確認状の督促や差異調整・代替手続のための資料提出、質問への回答など