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暇な公認会計士が、監査や身近な会計、その他自由に意見を述べています。

監査人に税務関係の相談をしても良いのでしょうか?

質問

当社の得意先が破綻したことに関して、貸倒引当金(貸倒損失)を法人税申告でどのように処理したら良いか悩んでいます。顧問税理士はおりますが、念の為監査人にも相談したいと思っています。例えば以下の質問について、監査人は答えてくれるのでしょうか?

  1. 貸倒引当金に関する法人税法上の一般的な取扱い
  2. 当社で生じた貸倒れに関する法人税の具体的な税務処理

回答

監査では二重責任の原則がありつつも、監査人には指導機能の発揮が求められています。税務に関しても財務諸表に影響のある範囲で指導機能の範囲に含まれると思いますが、具体的に税務処理をどのように行うかは会社が判断を行うこととなります。

ご質問の例に対する監査人の対応は、下記のようになることが多いと思います。

  1. 回答可能
  2. 回答不可

ただし、回答不可な点についても、明らかに会社の判断に誤りがあり財務諸表に影響してしまう場合には、監査人はその誤りを指摘して修正を求めます。必要な修正がされない場合には監査意見に反映(批判機能を発揮)することとなります。

 

 

監査における「二重責任の原則」

少し理論的なお話です。

監査の大前提として、二重責任の原則というものがあります。二重責任の原則とは、「会社は正しい財務諸表を作る責任があり、監査人は会社の作った財務諸表に対して意見表明をする責任がある」というものです。

経営者の財務諸表の作成責任と、監査人の意見表明責任を区別することをいう。経営者は、適用される財務報告の枠組みに準拠して、財務諸表を作成する責任を有している。これに対し、監査人は、経営者の作成した財務諸表について意見を表明する責任を有している。

監査基準報告書(序)「監査基準報告書及び関連する公表物の体系及び用語」|日本公認会計士協会

もし監査人が自分で数値を作り(財務諸表を作成して)、その数値に対して自分で意見を表明しているとしたら、監査人の意見を信頼できるでしょうか?もしかしたら、自分で作った数値が間違えていることを発見しても、間違えたことが恥ずかしいとか、修正が面倒とかで隠すかもしれません。もしかしたら、経営者と共謀して嘘の数値で財務諸表を作成するかもしれません。

二重責任の原則のもと、監査人は独立の立場から意見を表明するからこそ、投資家はその意見を信頼することができます

監査人の「指導機能」

とはいえ、会社は会計基準や法令が複雑で判断に迷う取引に会う可能性があります。そのようなときに、監査人は指導機能を発揮し会社に対し助言をすることで、会社が正しい経理処理を行うためのサポートをすることが求められています。

二重責任の原則がある中での指導機能であるため、監査人が具体的な判断を下したり、仕訳・金額を決定することはできません。実際の会計処理は、監査人の助言のもと、会社が判断することとなります。

また、業法(弁護士法、税理士法など)で規制されている内容についても指導することはできません。

www.nichibenren.or.jp

www.kyuhokuzei.or.jp

今回の質問を例にとって当てはめてみましょう。

  1. 貸倒引当金に関する法人税法上の一般的な取扱い:税法の一般的な解釈、会計処理(仕訳)の方法については助言することが可能です。助言の内容としては、国税庁のHPに書かれているような内容を相手が分かるように噛み砕いて説明する、といった程度となることが多いと思います。
  2. 当社で生じた貸倒れに関する法人税の具体的な税務処理:貸倒れを法人税法(基本通達)のどの条文に当てはめ、どのような仕訳をし、どのように別表調整をするのか、といったことは指導をしないことが多いと思います。税理士でない場合には税理士法に抵触する可能性がありますし、仮に税理士資格を持っている場合でも自己監査となる可能性があるからです*1

監査人の「批判機能」

監査人が助言を行った場合でも、会社が誤った判断・会計処理を行うことがあります。このときも指導機能を継続して修正を求めることとなりますが、指導機能はあくまでも助言であり、相手に強制するものではありません。会社は助言を無視する事由があります。

監査人は、指導機能を発揮しても最終的に修正が行われない場合には、批判機能を発揮し、誤った処理の影響を監査意見に反映させることとなります。つまり、誤った処理が重要であれば限定付適正意見や不適正意見といった、無限定適正意見以外の意見を表明することになります。

それってもはや指導の強制じゃん?とも思いますが、結局のところ二重責任の原則から導かれる結果こうなってしまうのです。財務諸表の作成責任は経営者にあり、監査人の助言(指導)を財務諸表に反映させる or させないは経営者の自由です。監査人は適切に助言を行なった上で、完成した財務諸表に含まれる誤りを総合的に判断し、意見を表明することとなります。

指導機能の範囲は人による

実際のところ、指導機能をどの程度発揮してくれるかは担当する公認会計士によりまちまちです。

口頭で簡単に返すだけの人もいれば、要点を文書にまとめてくれる人や、会計処理方法について設例付で説明してくれる人もいます。公認会計士も人間なので、良くも悪くもいろんな人がいます。

有意義な助言を受けるために、会社側では次の準備をしておくと良いと思います。

  • 検討に必要な資料を全て提出する。質問をしたいことに関して契約書(ドラフト含む)や社内稟議等の資料があるなら監査人に提示しましょう。契約書は抜粋ではなく全文提示した方が良いです。不要だと思って削った条文が会計処理に影響する場合もあります。
  • 基本的な会計基準や法令は抑えておく。退職給付であれば退職給付会計基準や適用指針は見ておく(完全に理解しなくても良い)、貸倒れの税務処理であれば、「法人税 貸倒れ」などで検索して出てきた国税庁のサイトくらいは読んでおく、といった事前準備はしておきましょう。最低限の知識がないと、監査人の助言が正しいかどうかもわからず、誤った助言を受け入れてしまうかもしれません*2
  • 会計処理案を提示する。二重責任の原則を果たすため、たたき台となる案を用意しておく。用意できない場合には、一度助言を受けた上で会計処理案を作成する。

* * *

今回の記事では「監査人への税務相談」をもとに二重責任の原則について解説しました。この記事に関するご質問・お問い合わせがございましたら、コメント欄かお問合せフォームよりご連絡いただけると嬉しいです。

心配そうに話し合う女性のイラスト

 

*1:公認会計士と税理士は異なります(会計士≠税理士)。公認会計士資格だけでは税務業務はできません。ですが、公認会計士資格を持っていると、試験不要で税理士登録ができます(税理士会に会費等のお金を払えば登録できます)。意味不明です。いい加減無駄なお金を払わせないで、公認会計士資格だけで税務もできるようにしてください。

*2:監査人が指導を誤った事例として私が真っ先に思い浮かべるのは株式会社ナックの件です(念のため、私は一切関与していません)。当時この開示を見て「マジかー」と衝撃を受けたことを今でも覚えています。以下、決算短信の「訂正の理由」部分を引用します(太字は筆者加工):「当社は、「平成 29 年 3 月期 決算短信〔日本基準〕(連結)」の公表後の有価証券報告書の作成過程において、記載内容の一部に誤りがありましたので、提出済みの決算短信を訂正させていただきます。その誤りは、過去に取得した株式会社JIMOSの企業結合による会計処理について、のれん及び繰延税金負債の計上に関する誤りであり、経緯は以下となります。平成 26 年 3 月期の第 2 四半期に行った株式会社JIMOS取得時の会計処理に発生頻度の少ない非定形的な処理があったため、会計上の「二重責任の原則」は承知しつつ、新日本有限責任監査法人からの助言に基づき処理を行い、無限定適正意見をいただきました。その後も、当社は同様の会計処理を継続し、無限定適正意見をいただいています。しかし、平成 29 年 6 月中旬に新日本有限責監査法人において業務執行社員変更に伴う引継時に当該会計処理の誤りが発見され、同法人より指摘を受け修正するに至りました。なお、のれんの償却及び商標権と顧客関連資産の償却による繰延税金負債の減少により、単年度損益は変動しますが、最長の償却期間である顧客関連資産の償却期間(12 年)累計の損益は不変であります。」

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